大分地方裁判所 昭和34年(ワ)524号 判決 1963年3月01日
主文
被告は原告に対し金二十万三百円及びこれに対する昭和三十四年十二月二十六日より完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。
訴訟費用は被告の負担とする。
事実
原告訴訟代理人は主文同旨の判決を求め、その請求原因として次のとおり述べた。
一、訴外津末弥栄(別府市大字浜脇三五六七)は訴外飛田益男(別府市大字別府一九二五)に対し同人所有の別紙目録土地二筆に抵当権を設定して金七十七万円を貸与していたが、その返済がなかつたので遅延損害金をも併せて、合計金八十七万九百八十三円の債権に対し右抵当不動産の競売を申立てて昭和三十一年十一月二十六日大分地方裁判所に於て競売開始決定があり、翌三十二年三月一日の競売期日に於て被告(当時別府市向浜下五組居住)は最高価金四十一万円にて別紙目録土地甲に付て競買の申込をし同月六日競落許可決定を受けたが、同裁判所から同月二十九日迄に競落代金及費用の納入を命ぜられたに拘らずこの義務を履行しなかつた。
二、そこで翌四月四日再競売命令があつて翌五月二十日以降十五回の各競売期日には何れも競買申込人がなかつたため競売は不能となり昭和三十四年八月三十一日に至つて始めて訴外中村泰子(別府市大字別府一九二四の三)が最高価金十五万六千円を以つて競買申込をして翌九月七日に同訴外人に競落許可決定があつて競買代金及費用を完納した。
三、かくてこの競売手続に於て債権者は前の競売と再競売との競落代金の差額金二十五万四千円より被告が納入した競買保証金四万一千円及競落による所有権移転登記費用中競落代金に対する法定の五分の登録税の差額金一万二千七百円を控除した金二十万三百円は債権者に於て損失を蒙つた計算となる。
四、ところが其の間昭和三十四年三月十一日右訴外津末弥栄は訴外五十川寿美子に、又同年五月三十日右五十川寿美子は原告に夫々前記貸付元本七十七万円及損害金及抵当権全部を譲渡し夫々其の旨譲渡人より債務者及抵当不動産の所有者たる前記飛田益男に対して確定日附ある文書を以て通知をし、これによつて債権者並に抵当権者となつた原告の為に別紙目録土地の中乙の分に付て競売手続が進行し昭和三十四年十一月二十七日の競売期日に於て被告は最高価二十五万五千円を以つて競買申込をして翌十二月二日競落許可決定があつた。かくて甲の土地に付ての競落代金の差額によつて原告の受けた損失額たる金二十万三百円は乙の土地に付ての競売に於ても補填せられることなくして終つた次第である。
よつてこの差額金の支払を求むる為民事訴訟法第六百八十八条六項により本訴に及んだ。
被告の抗弁に対し、被告主張の日に別紙甲地上の主張の家屋を津末弥栄が競落し同人が法定地上権を取得したことは認めるが、法定地上権の存在は競売申立書及び競売公告に記載を要する事項ではない。又伊東広次が本件競売の被担保債務を弁済したことは否認すると述べた。
立証(省略)
被告訴訟代理人は、原告の請求を棄却する、訴訟費用は原告の負担とするとの判決を求め、答弁並に抗弁として次のとおり述べた。
原告主張第一、二項は認める。第三項中原告主張の計算の如き不足額を生じたことは認めるが、これにつき被告は民事訴訟法第六八八条第六項の責任はない。第四項は否認する。
抗弁
(1) 被告の競買申出は要素の錯誤により無効である。
別紙目録記載の甲地上には木造瓦葺居宅建坪二十四坪一合二勺の家屋があり、土地家屋はいずれも飛田益男の所有であつたが、右家屋は別府信用金庫の右飛田に対する抵当権実行の結果津末弥栄によつて昭和三十一年七月九日競落され同年八月八日代金全額納付され同人の所有となり、これと共に本件の甲地につき同人は法定地上権を取得した。然るに別紙目録記載の二筆の土地の抵当権者である同人はその実行として競売申立をするにつき右法定地上権の存在することを明記せず賃貸借取調の申請をし、執行吏も右法定地上権の存在につき調査せず賃貸借取調々書に本件土地につき単に賃貸借なしと記載し、そのため競売及競落期日公告にも「賃貸借等有無」については「なし」と記載公告された。
民事訴訟法第六五八条第三の規定は競買希望者をして競売物件の利用、収益等物件価格の評価を予め考慮せしめる趣旨であつて、この趣旨よりすれば法定地上権についても右規定を類推して地上権の存在及び内容につき公告に記載すべきものである。特に建物保護法第一条により地上の建物に登記を有することにより地上権自体の設定登記なくして第三者に対抗できる地上権については競売公告に記載されぬ限りその存在及び内容を確知する方法はないのである。
被告は右地上権の存在につき公告に記載なき為賃貸借権や法定地上権なき土地と信じて競買申出をしたのであつて、右錯誤は要素に関するもので競買申出は無効であり従つて被告には競落代金不足額の負担義務はない。
(2) 仮りに然らずとしても、本件競売の基本である津末弥栄に対する飛田益男の抵当債務元本金七十七万円については訴外伊東広次が保証人となつていたが、右伊東は昭和三十二年六月二十一日津末に対し金七十万円を支払い、これによつて津末の右債権一切を消滅せしめる旨を約束した。従つて津末の右債権は消滅したから競売申立を取下げるべきものなのに昭和三十四年三月伊東広次を代理人として丹生某に消滅した右債権を金三十五万円で譲渡し、その頃丹生は五十川寿美子に金三十五万円で、五十川は同年五月三十日に原告に金三十五万円で譲渡し原告に於て競売を続行したのであるから、競売は基本債権が消滅したに拘らず為されたもので無効であり中村泰子の競落も無効であるから被告に競売不足額負担義務はない。
立証(省略)
理由
別紙目録記載の土地甲、乙の二筆がもと飛田益男の所有で同人はこれに抵当権を設定して津末弥栄より金七十七万円を借受けていたが、その返済を遅延したため元利金並遅延損害金を含め金八十七万九百八十三円につき抵当権実行として競売の申立がされ、昭和三一年十一月二十六日大分地方裁判所の競売開始決定に基く競売により被告が昭和三十二年三月一日別紙不動産中甲地につき金四十一万円で競買申出し同月六日競落許可決定を受け、同月二十九日迄に右競落代金及び費用の納入を命ぜられたがこの義務を履行しなかつたので同年四月四日甲地につき再競売命令がなされ数次の競売期日が持たれた末昭和三十四年八月三十一日に訴外中村泰子が金十五万六千円で競買申出し九月七日右同人に対し競落許可決定がありその代金が納入されたこと。前の競落代金と再競売の競落代金との差額は金二十五万四千円であること、被告が競落に際し保証金四万一千円を納入していたこと等は当事者間に争がない。
ところで被告は被告の競買申出は錯誤に基くから無効であり従つて競落許可決定も効力を生じない旨抗弁し、被告が錯誤の事由として主張するところの、別紙甲地の上には木造瓦葺居宅建坪二十四坪一合二勺の家屋がありこの家屋及甲地は共にもと飛田益男の所有であつたが、この家屋の抵当権者別府信用金庫が抵当権を実行し津末弥栄が昭和三十一年七月九日競落し同年八月八日代金納付し、右津末の所有となりこれと同時にその敷地である別紙甲地に右家屋のため右津末が法定地上権を取得するに至つたこと、その後津末は別紙目録記載甲、乙地の抵当権実行として競売申立を為すに当り甲地に右法定地上権の負担あることを申出ず、執行裁判所の命により執行吏の賃貸借調査の結果も単に賃貸借なしとあり、競売及競落期日公告にも単に賃貸借等の有無につき単になしと記載し右法定地上権の存在につき全くふれることのなかつたことは原告に於ても認めて争わぬところである。
競売法第二四条、第二九条(民訴第六四三条第一項第五号、同条第三項、第六五八条)に競売申立には競売不動産に賃貸借あるときはその期限、借賃、借賃の前払又は敷金の差入あるときはその額を証すべき証書を添付すべく、右の証明ができないときはその取調を執行裁判所に申請し、申請を受けた執行裁判所は執行吏をして取調べしめ、競売期日の公告には賃貸借の期限その他前記事項を掲げなければならないこととし、その記載を為さなかつたときは競落許可についての異議の理由ともなる。(競売法第三二条、民訴第六七二条)
不動産の競売に於て目的物件に賃貸借契約が存在するか否かは物件価格の決定につき重大な差異を生じ、特に抵当権者に対抗し得るものなるに於ては競落するも自ら物件の使用収益をすることができず単に賃料徴収権を得るに過ぎないことになるから、競買の申出をするか否か、買受けるとすればその買値をいくらとするかの評価基準を与え、結局換価が正当な価額により実現されることを期するために前記諸規定が設けられたものであり、賃貸借につき規定したのは登記のみを対抗要件とする一般の制限物権に於ては登記簿を調べることによりそれらの権利の存否、内容は明白であるが賃貸借に於ては登記を具えずとも他の要件によつて対抗力を有し賃借権の存否、その内容が一見明瞭と言えないからであり、この趣旨よりすれば賃貸借と同様それ自身の登記を具えずとも建物保護法第一条所定の要件を具えることにより対抗力を、しかもその内容に於て物権としてより強力な性質を帯びる法定地上権の場合にも賃貸借と同様の考慮が払われて然るべきである。しかしながら法定地上権の発生は法律行為によらず法律の規定する一定事実の発生により生ずるものであり、しかもその内容については法律はすべてを明定するわけではなく、賃料については合意又は裁判上これを定める仕組をとつており、期間の点に於ても必ずしも明白ではない。且又賃貸借についても競売申出に際し債権者がその存することを証明せず裁判所に対し取調を申請しないときは裁判所は職権を以てその存否を取調ぶべきではなく賃貸借なきものとして従つて競売期日の公告にも記載せず競売を実施すべきものと解されているのであるから、本件の法定地上権について債権者が競売申立に際しその存在を申立つべく、裁判所はこれを調査し競売公告に掲ぐべきであるとすることはその規定なきのみならず賃貸借に関する前掲規定を準用することも適当と思われず結局法定地上権の存在を掲ぐべきことは競売公告の要件とは解されない。
別紙甲地に法定地上権が存在するに拘らずその旨の公告が存しないことは既述のとおりであるが右法定地上権の存否は結局競買希望者の調査すべきものとされているのであつて、
公告に記載なき故を以て法定地上権が存在しないことを表示した競売と言うことはできない。被告本人の供述によれば本件甲地上に家屋の存在することは、競買申出前より被告の熟知していたところで、前記のとおり競売公告に賃貸借なしとの記載があつても右家屋にその敷地利用権が全く存しないことまで競売の内容としたわけではなく、当然に右家屋が敷地の利用権原を持たないものであると決めてしまうわけにはいかず、むしろ何らかの権原があるのではないかとの疑を残すのが通常であると思われる。仮りに被告が右家屋の存在にも拘らず賃借権は勿論他の何らの権原による制約も受けないものと思つて甲地の競買申出をしたとしてもそれは表示内容を為すものでなく単に内心的動機に過ぎないと解する他はない。従つて被告の錯誤の抗弁は採用し得ない。
次に被告主張の抵当債権は弁済により消滅したに拘らず進められた競売は無効であるから競落による被告の担保責任は発生しない旨の抗弁事実について考察するに、成立に争のない乙第九、十号証、証人伊東広次(第一、二回)、津末二六、木村鶴平の各証言を総合すれば、伊東広次は飛田益雄の依頼により津末弥栄より前記金七十七万円を飛田のために借受けてやり飛田に前記抵当権を設定せしめると共に自らも保証人となつたのであるが、右抵当権実行後前述の経過により競落人たる被告が代金を納付しない為再競売手続が進められた後の昭和三十二年六月頃伊東は津末の請求により金七十万円程を支払いこれを以て右貸金債務一切を打切ることとして残額の免除を受けこれにより伊東は債権者津末の右抵当債権を右弁済の限度で法律上当然に代位して取得したのであるが、その後右伊東は昭和三十四年三月十一日右抵当債権を五十川寿美子に金三十五万円で譲渡し、同年五月三十日五十川はこれを原告に譲渡し原告のために競売手続が進められ前記のとおり中村泰子(被告の子)が競落したことが認められる。
右証人伊東広次の証言中には、伊東が津末に対する右認定金員の支払は津末の要求により立替えて支払つたもので保証債務の履行の趣旨ではない旨に解される如き供述が存し、又伊東の五十川に対する抵当債権の譲渡は伊東が津末の代理人として為した形式をとつているが、同証人の供述内容より見て同人が保証債務の履行をしたものであり、又右形式に拘らず実質は伊東が抵当債権を有するものとして譲渡したもので法定代位の法律関係に暗いがため右のような形をとつたに過ぎないものであることが窺われる。
然らば保証人たる伊東が抵当債権を弁済したことにより伊東は法律上当然に津末の有していた抵当債権を取得するに至つたもので被告抗弁の如く抵当債権が消滅し従つて競売手続の実行が無効になるとの見解は採用し得ない。
以上によれば被告は本件再競売に於ける第一次の競落人として民事訴訟法第六八八条第六項に基く担保責任を免れるものではない。而して再競売の競落代金十五万六千円を被告の競落代金四十一万円より差引いた金二十五万四千円より被告の納付していた保証金四万一千円を引いた金二十一万三千円を再競売による不足額とすべきところ、原告は右金員より更に被告の競落のための所要登録税額金二万五百円より再競売の競落のための所要登録税金七千八百円を差引いた金一万二千七百円を引いた金二十万三百円を再競売による損害と云う(被告も亦その計算を認めている)が、登録税は競売手続の費用ではなく、右の如き所要とする各登録税の差額を差引き計算すべき理由は首肯し得ないが、結局原告の求めるところは前認定の不足額の内に止る金額の賠償を求めることになるから原告の金二十万三千円及びこれに対する本件訴状送達の翌日であること記録上明らかな昭和三十四年十二月二十六日より完済するまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める請求を正当として認容することとし民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。
別紙
目録
別府市大字別府字北町上一九二四番の三
(甲) 宅地 三五坪一合
同所 一九二四番の四
(乙) 宅地 五八坪九合